あま市 七宝焼アートヴィレッジ
 サイトマップ  お問い合わせ  ENGLISH
トップ ご利用案内 尾張七宝とは 常設・企画展 イベント案内 七宝焼体験教室
〒497-0002
愛知県あま市七宝町
遠島十三割2000
TEL 052-443-7588
FAX 052-443-7122

七宝だより

万博出品裏話?

写真上は出品目録更正願として、1989(明治22)年のパリ万国博へ出品予定だった七宝作品の変更を役所に願い出た書類。変更理由として「焼損」を挙げているが、ほぼ同じ文面でほかにも多くの窯元が提出していることから、ほぼ定型化された文章だということがわかる。これが七宝製品の作製にあたって失敗が多かったことの証とみるか、当初提出した出品予定がその後変更されることが日常的だったのかは不明。

尾張七宝の継承者 塚本貝助

林庄五郎自身は七宝を完全な形にすることができませんでしたが、彼から教えを受けた人々がやがて尾張七宝の技術を完全な形へと導きました。その中心的な役割を果たしたのが、遠島の塚本貝助、林小傳治といった人です。地元に根付いて七宝業を営んだ林小傳治と異なり、塚本貝助は早いうちから身内を連れて東京へ出ます。現在も残る東京赤坂の迎賓館にある七宝の花鳥額の数々は、涛川惣助工房に所属した塚本貝助を中心とした尾張の職人集団が制作にあたりました。

尾張七宝発展のきっかけ 林庄五郎

尾張七宝の開祖といわれるのは梶常吉ですが、その尾張七宝の技を広めたのは、遠島村(現あま市七宝町遠島)の林庄五郎(一八三五~一八九六)でした。庄五郎は安政3(一八五六)年に梶常吉より七宝製法を伝授されましたが、これは、完全なものではありませんでした。氏はこれを完成したものにするべく日夜努めました。しかし、林庄五郎自身は七宝を完成させるところに至ることができないまま、失意のうちに、名古屋で生を閉じることとなりました。現在、庄五郎がつくった試作品が残されています。

ただし、庄五郎がその技術を伝えた塚本貝助など、遠島村の後継者らによって七宝製作技術は完成して、この地は七宝の一大産地となりました。こうした庄五郎の功績をたたえて、昭和37(一九六二)年に、七宝組合らの手によって林庄五郎顕彰碑が遠島八幡社境内に建立されました。

 

林庄五郎試作品

資料解説 七宝資料集14 日本七宝発達史への取り組み

この資料集では、資料集11で取り上げた七宝技術研究会が昭和20年代終わりに実施して中断された、「日本七宝発達史」の編集進行状況の顛末を解説しています。

七宝少女4省胎七宝

七宝少女3泥七宝

七宝少女2無線七宝

七宝少女1有線七宝

2020年11月、名古屋芸術大学の学生の協力のもと、七宝作品を擬人化したキャラクター「七宝少女」4人を発表しました。それぞれの作品の特徴をとらえた少女の姿をご覧ください。

市内外の学校が来館しています

今月11月から来月12月にかけて市内外の主に小学校の来館が増えています。新型コロナウイルス感染症の影響で夏以前に実施を予定していた学校などが実施を延期したものなどが含まれています。当館では、室内が密にならないように場所の配置を調整しながら、児童たちに楽しんでいただけるよう心掛けています。

展示室お客様ノートより16

「学生の時七宝焼を研究・製作していました。(中略)終始感動してじっくり2じかんも堪能させていただきました。遠方からですが本当に来てよかったです。」  ありがとうございました。北関東からお越しいただき、朝から時間をかけてごらんいただきました。

Copyright(C)2003-2010 SHIPPO ART VILLAGE All Rights Reserved.